何のためらいもありませんでした。

角膜移植を必要とされている方がいらっしゃると聞いて私は、視えなくて困っている方が喜んでくださるのなら献眼させていただこうと思いました。何のためらいもありませんでした。

亡くなった母は、ある宗教をされていました。宗教の教えなのか、他の人の為になることがしたい、社会貢献がしたいと、いつも祈っておられました。

角膜提供は宗教の教えを身をもって実践した事だと思います。

母も他の人の為になることができて、喜んでいると思います。

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